大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成7年(ワ)55号 判決

原告

右訴訟代理人弁護士

國弘正樹

藤田昌徳

大槻純生

東京都中央区〈以下省略〉

被告

岡三証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

大江忠

大山政之

主文

一  被告は、原告に対し、金六〇四万四三三七円及びこれに対する平成七年一月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一一五八万八六七五円及びこれに対する平成七年一月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案

本件は、被告を通じて外貨建てワラントを購入した原告が、被告の従業員のした勧誘等に説明義務違反、情報提供義務違反などの違法があると主張し、民法七一五条の使用者責任に基づき、被告に対し、損害賠償を求める事案である。

二  前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実)

1(一)  原告は、京都市内において、たばこ小売店を営む、昭和四年○月○日生まれの女性である。

被告は、有価証券の売買等の証券業を業とする株式会社である。

(二)  原告は、昭和四七年四月一日、被告京都支店に原告名義の取引口座を開設して証券投資を始め、以後、被告を通じて、投資信託や株式の現物取引を行っていた。

昭和六三年当時、原告の担当者は、被告京都支店営業員のB(以下「B」という。)であった。

2  原告は、昭和六三年九月三〇日、Bの勧誘を受けて、外貨建てワラントであるケンウッドワラント(以下「ケンウッドワラント」という。)六〇単位を、単価二七・七五ポイント、代金二二四万三五八七円で買い付け、平成元年一月一一日、これを代金二一八万八一二九円で売り付け、その結果、五万五四五八円の損失を被った。

3(一)  原告は、平成元年一二月一一日、Bの勧誘を受けて、外貨建てワラントである東京建物九三ワラント(以下「本件ワラント」という。)三〇単位を、単価五一ポイント、代金一一〇八万八六七五円で買い付けた。

(二)  原告は、本件ワラントの権利行使期限である平成五年四月二七日までに、その権利行使をしなかった。

第三争点

本件の争点は、一 本件ワラント取引の違法性の有無、二 被告が賠償すべき原告の損害額にあり、右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

一  本件ワラント取引の違法性の有無

1  原告の主張

(一) ワラントの特質

ワラントは、新株引受権付社債の新株引受権証券部分であり、一定の権利行使期間内に、一定の権利行使価格で、新株引受権付社債発行会社の一定の数量の新株式を買い取ることのできる権利を表章した証券である。

ワラント取引においては、権利行使価格とは別にワラント自体の価格設定がされるから、ワラントの保有者は、権利行使価格よりも株式の時価が高い場合には権利行使価格に応じた資金を用意して権利行使をすることにより、時価よりも割安な株式を取得することができ、取得した株式の時価総額から権利行使に要した資金とワラント取得に要した資金を控除した差額分に応じた利益を得られる。

他方で、新株引受権を行使しないまま、権利行使期限が経過するとワラントは無価値となる。権利行使価格よりも株式の時価が低い場合には、新株引受権を行使する経済的利益がないため、株式の時価が権利行使期限において権利行使価格を上回る可能性がなくなったときは、権利行使期限到来前においても、ワラントは無価値となる。

ワラントの取引価格は、株価の変動等に連動して変動するが、その変動幅は大きく、ワラントの取引においては株式自体に直接投資する場合に比較してより少ない投資資金で多額の差額を取得できる場合もあるが、逆に思惑がはずれた場合には、より多くの損失を被り、投資金額全額を失う場合もあり、ワラントは、いわゆる「ハイリスク・ハイリターン」の商品である。

(二) 本件ワラントの勧誘行為の違法

(1) 証券会社は、証券取引の専門家として、投資者の知識、経験、投資資金の性質、リスクの負担能力等を考慮し、当該投資者に適合した投資商品の勧誘を行うとともに、その勧誘する投資商品の特質、取引の仕組み、取引に伴うリスクなどについて正確な説明(情報提供)をし、投資者の自由で適正な投資判断を確保すべき一般的な注意義務を負っている。

(2) 原告は、本件ワラントの買付け前に、Bの勧めによりケンウッドワラントの取引を行っているが、その際には、Bのいわれるがままに買付け及び売却をし、Bからワラントに関する一般的な説明を受けたことがなく、ワラントの取引をしたという認識を有していなかった。

その後、原告は、新聞記事を読んで、ワラントは投資元本がなくなることがあるという漠然とした知識を得た。

原告は、Bから本件ワラントを勧められた際に、新聞記事によって得た漠然としたワラントに関する知識から、「ワラントは怖いからいやや。」と一旦は断ったが、Bから、「二、三日の勝負や。」、「資産内容がしっかりしている。損は絶対にしない。」という強引かつ断定的な勧誘があり、結果的に本件ワラントの買付けを承諾した。Bは、その際も、原告に対し、ワラントに関する一般的な説明をしなかった。

右のとおり、Bは、本件ワラントを勧誘する際、原告に対し、ワラントの特質、取引の仕組み、負担するリスク等について正確な情報を提供しなかったのであるから、説明義務に違反する。

(3) また、ワラントに関してはその本来的に有するハイリスクな投資商品であるという特質から、その勧誘にあたっては勧誘の顧客対象をリスクに応じ得る十分な資産とリスクについての十分な認識を有する者に限定すべきであるとする適合性の原則が妥当する。

Bの原告に対する本件ワラントの勧誘は、ワラントの説明義務に違反するばかりでなく、適合性の原則にも違反するものであって、社会的相当性を欠く違法な勧誘である。

(三) 本件ワラント買付け後の情報提供義務違反

(1) 原告が本件ワラントの売却時期を判断する前提としてワラントの価格を知る必要があったが、そのためには、逐次被告に問い合わせなければならなかった。

ところが、Bは、「二、三日の勝負や。」という勧誘文言によって、短期間に投資資金の回収を図ることができるという説明のもとに原告に本件ワラントの買付けをさせておきながら、原告からの本件ワラントの時価の問い合わせに対し、具体的な価格を知らせることなく、「ちょっと下がっている。」、「株を見たらわかるやろ。」といった説明しかしていない。

被告が原告に具体的な価格を示して本件ワラントの時価を知らせたのは、平成三年一一月に、Bの上司である被告京都支店営業二課長C(以下「C」という。)が、Bとともに、原告を訪問した後である。その当時、本件ワラントの価格は、原告の買付価格をはるかに下回る数千円にまで値下がりしていた。

(2) 右のとおり、本件ワラント取引後の価格情報が被告の提供に限定されているにもかかわらず、被告において適時的確な時価情報の提供を行わなかったことは、原告の本件ワラントの買付けによる損害の拡大(権利行使期限の到来前に処分すれば買付価格全額の損害を被ることはなかった。)に対する帰責事由となる。

2  被告の主張

(一) 本件ワラントの勧誘行為の違法に対する反論

(1) ① ワラントの価格は株価に連動し、かつ、株価の数倍の値動きをすること、② ワラントは権利行使期限後は無価値となることの二点がワラントの本質的に重要なリスクであり、顧客はこの二点を理解していれば投資の適否を判断することができるから、証券会社が顧客にワラントを紹介するに際し、説明すべき事項の範囲は、右の二点である。

また、顧客が特定のワラントを買い付ける以前に、既にワラントを買い付けたことがあって、右①、②のワラントの基本的な特性を理解しているような場合には、これを重ねて説明すべき義務は存在しないというべきである。

(2) 原告は、昭和六三年九月三〇日にケンウッドワラントを代金二二四万三五八七円で買い付け、平成元年一月一一日に代金二一八万八一二九円で売却し、五万五四五八円の損失を被った経験がある。原告は、その際、「総合受渡計算書」の交付を受けて取引の内容を確認した上、ケンウッドワラントの「預り証」を受領又は返却し、返却時には右「預り証」に署名押印している。

したがって、原告は、ケンウッドワラントの取引の際、ワラントという種類の有価証券を買い付け、売却したこと、ワラント取引は相場状況、価格状況次第では損失が出ることがありうることを認識していたというべきである。

また、Bは、原告にケンウッドワラントを紹介した際、ワラントは株価の数倍の値動きをする「ハイリスク・ハイリターン」の有価証券であることなどワラントの基本的な特質について説明を行っている。

(3) 原告は、平成元年一二月一一日、Bの勧誘を受けて、本件ワラントを代金一一〇八万八六七五円で買い付けた。そして、原告は、同日、投資信託「システムポートフォリオユニット」を代金九五七万六五八四円で売却し、翌一二日、外国株式「コースタル」を一三〇万〇五一二円で売却し、この売却代金を本件ワラントの買付代金に充てた。

原告は、本件ワラントを買い付ける前にワラントは元金がなくなることのある商品である旨の記載のある新聞記事を読んだことがあって、Bから本件ワラントを紹介された際に、「ワラントは怖いからいやや。」と述べていることによれば、原告は、ワラントは場合によっては投資資金全額を失う可能性のあることを認識していたというべきである。

また、その際、原告は、Bから「二、三日の勝負」などと言われて本件ワラントの買付けを承諾したのであるから、原告において、ワラントは短期に大幅な値動きをし、しかもその値動きは株価にほぼ連動するものであることの知識を有していたというべきである。なお、Bが原告に対し述べた「二、三日の勝負」という言葉には、二、三日の間に上昇して利益を上げることもあるが、場合によっては損失となる場合がありうることも含まれているから、社会的相当性を逸脱するような断定的判断の提供にあたらないというべきである。

更に、原告は、平成元年一二月一八日、被告京都支店において、本件ワラントの「預り証」を受領した際、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「本件確認書」という。)に署名押印し、被告会社に提出した。

本件確認書には、「私は、貴社から受領した「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います。」との記載があり、原告は、確認書記載の右説明書を受領している。

右説明書は、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙一)と同じ態様の冊子であり、「ワラントのリスクについて」という表題のもとに、「1.ワラントは期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性格を持つ証券です。」、「2.ワラントの価格は理論上、株価に連動しますが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります。」との下線付きの記載がある。

(4) 原告は、ワラントの「預り証」がドル表示からワラント数(単位数)の表示に変更となった後である平成二年三月二日に、被告に対し、本件ワラントのドル表示の「預り証」に署名押印して返却し、これと引換えにワラント数表示の「預り証」を受領した。

原告は、本件ワラントを買い付けた後平成五年四月二七日に至るまで、被告を通じた証券取引を継続し、その間、被告に対し、ワラントについて十分な説明を受けていなかったとの苦情を述べたことはなかった。

(5) 右のとおり、原告は、昭和四七年四月一日以降、被告を通じて株式を中心とした証券取引を行った経験を有し(右第二、二1(二))、本件ワラントの買付け前にもケンウッドワラントの売り買いをしたことがあること、本件ワラントを買い付けた直後にワラントのリスクにつきわかりやすく説明した説明書を被告から受け取りながら、何ら異議を述べることなく平成五年四月まで被告を通じた証券取引を継続し、平成二年三月二日には本件ワラントの預り証の交換を行っていること等によれば、原告は、本件ワラントを買い付けた際に、Bからワラントの説明を受け、ワラントの特質を理解していたというべきであるから、Bにおいて説明義務違反があったということはできない。

また、原告の投資経験、本件ワラントを買い付ける前にケンウッドワラントの取引をしたことがあること、原告はワラントの特質を理解していたことに照らすと、原告の本件ワラントの買付けが不適合な取引であると評価することはできないから、適合性の原則に違反するものではない。

したがって、Bの原告に対する本件ワラントの勧誘に原告主張の違法はない。

(二) 本件ワラント買付け後の情報提供義務違反に対する反論

(1) 原告は、本件ワラントを買い付けた後に、B以外の被告京都支店の職員に右ワラントの価格を調べるよう求めたこともなく、上司等にBが右ワラントの価格を教えてくれないなどという苦情を述べることなく、平成二年三月には本件ワラントの預り証を交換し、平成五年四月まで被告を通じた証券取引を継続していた。

(2) 外貨建てワラントの証券会社間の取引を日本相互証券に集中した平成二年九月以降は、日本国内で取引が行われている外貨建てワラントの気配値(ポイント数)が日本経済新聞に毎日掲載されるようになり、本件ワラントの気配値も掲載されていた。

この気配値によって、顧客は本件ワラントの時価を知ることができた。

(3) Cは、平成三年一一月、ワラントを保有していた京都支店の顧客に状況説明に回り、原告方を訪問した際に、原告は買付け後の値動きを含めて、本件ワラントに関する状況を把握していた。

(4) 右のとおりであるから、被告又はその従業員において、原告主張の本件ワラントの時価の情報提供義務違反の違法があったということはできない。

二  被告が賠償すべき原告の損害額

1  原告の主張

(一) 原告は、被告の従業員であるBが業務の執行につき行った不法行為により本件ワラントの買付代金相当額一一〇八万八六七五円及び弁護士費用五〇万円の合計一一五八万八六七五円の損害を被った。

(二) よって、原告は、民法七一五条の使用者責任に基づき、被告に対し、一一〇八万八六七五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

原告の主張は争う。

第四争点に対する判断

一  争点一(本件ワラント取引の違法性の有無)について

1  まず、Bの原告に対する本件ワラントの勧誘が違法であったかどうかにつき判断する。

前記第二、二の前提事実、証拠(甲一、二の1ないし5、三、四及び五の各1ないし3、乙一ないし一三、一四の1、2、一五ないし一八、原告本人、証人C)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告(昭和四年○月○日生)は、旧電々公社に勤務していた亡夫(昭和五八年七月九日死亡)との間に一男二女をもうけ、昭和四九年ころから、京都市内において、たばこ小売店を営んでいる。

(二) 原告は、昭和四七年四月一日に被告京都支店に原告名義の取引口座を開設して証券取引を開始し、以後、被告を通じて、投資信託や株式の現物取引を行っていた。

原告は、たばこの小売業で蓄えた収益と夫の死亡退職金(約二〇〇〇万円)をその資金として充てていた。

原告は、証券取引に際し、被告の担当者が推奨する銘柄を買い付けたり、勧められた時期に売り買いをしており、自ら主体的に判断して、銘柄の選択や売買の時期を指示することはなかった。

(三) 原告は、昭和六三年九月三〇日、被告京都支店営業員のBの勧誘を受けて、外貨建てワラントであるケンウッドワラント六〇単位を、単価二七・七五ポイント、代金二二四万三五八七円で買い付け、平成元年一月一一日、これを代金二一八万八一二九円で売り付け、その結果、五万五四五八円の損失を被った。

原告は、右ケンウッドワラントの売買に際し、「総合受渡計算書」の交付を受け、ケンウッドワラントの「預り証」を受領又は返却し、返却時には右「預り証」に署名押印した。

しかし、原告は、Bから「これを買ったらどうや。」と説明されてケンウッドワラントの買付けをし、「持っててもあかんから売れ。」と言われてこれを売却しており、その際、Bから、ワラントの特質、危険性等に関する説明を一切受けていなかったこともあり、ケンウッドワラントは投資信託のユニットのようなものであると思っていた。

(四) 原告は、右ケンウッドワラントを売却した後、新聞を見てワラントは元金がなくなることのある商品であると漠然と認識した。しかし、元金がなくなる仕組みや、権利行使期限があることを理解していたわけではなかった。

(五) 原告は、平成元年一二月一一日、夫の死亡退職金で購入した投資信託「システムポートフォリオユニット」を売却し、右売却代金九五七万六五八四円を銀行に預金するつもりであった。

原告は、同日、原告方を訪れたBから、右売却代金で外貨建てワラントである本件ワラントを買い付けるよう勧誘されたが、「ワラントは怖いさかいよう買わん。この金は銀行に持っていくお金や。」と言って一旦断ったものの、Bから、「これは二、三日の勝負で絶対怖いことはない。会社もしっかりしてるし、含み資産もあるさかい、奥さんそんなに心配するようなことはない。安心してくれ。損は絶対しない。」と言われて、最終的には、右売却代金に見合うワラントを買い付けることを承諾した。

その結果、原告は、同日、本件ワラント三〇単位を、単価五一ポイント、代金一一〇八万八六七五円で買い付け、「システムポートフォリオユニット」の右売却代金及び同月一二日に売却した外国株式「コースタル」の代金一三〇万〇五一二円をもって、本件ワラントの買付代金に充てたが、右買付代金に二一万一五七九円不足したため、Bは右不足分を原告のため一時立て替えた。

しかし、Bは、本件ワラントを原告に勧誘した際、原告に対し、ワラントの意義、価格形成のメカニズム、危険性などワラントの特質について何ら説明をしなかった。

(六) 原告は、平成元年一二月一八日、被告京都支店の窓口で、Bから、本件ワラントの預り証(乙一〇)の交付を受け、本件確認書(乙二)に署名押印して、これを提出した。

右預り証には、「数量」欄に「US$一五万」、「償還日・信託終了日」欄に「5・4・27」と記載されていたが、「権利行使期限」という表示はなかった。

本件確認書には、原告が「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」を受領した旨の記載があり、Bは、原告に右説明書を交付したが、右説明書を用いて、ワラントの特質や危険性等を具体的に説明することはしなかった。

また、そもそも右説明書にどのような記載がされていたのか明確でない(この点に関し、被告は、右説明書と同じ態様のものであるとして「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙一)を提出しているが、他方で、証人Cは右取引説明書がBが原告に交付した右説明書と一致しているかどうかはわからない旨供述していること、原告はそもそも説明書の交付を受けた記憶がない旨供述していること、日本証券業協会は平成元年五月一日付けで「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」を実費頒布することとした旨の通知を発したが、その後、平成二年三月一日付けで協会又は証券取引所が作成する「新株引受権証券取引説明書」を予め顧客に交付しなければならないとした旨の通知を発しており、被告が平成元年一二月当時いかなる内容の説明書を顧客に交付していたのか定かでないことに照らすと、原告が受領した右説明書の内容は明確でないといわざるをえない。)。

(七) 原告は、本件ワラントを買い付けた後、二、三日してから、Bに対し、本件ワラントの動向について電話照会したところ、Bは「今ちょっと下がってる。」などと言って、売却の時期ではない旨述べ、更に、その後も、Bに対し、何度か問い合わせをした。

原告は、その際、Bから、「ちょっと持ち直した。」などと言われたので、本件ワラントが利益になっているのか、損になっているのか尋ねたが、「そんなこと言うたかて株を見たら分かるやろ。」と言われ、それ以上詳しく尋ねることをしなかった。しかし、原告は、株式の相場を見ても、ワラントの価格がいくらであるのか理解できなかった。

(八) 原告は、平成二年三月二日、ワラントの数量をドル表示のものからワラント単位数を表示したものに変更した本件ワラントの「預り証」(甲一)を受領したが、右預り証には、「数量」欄に「US$三〇ワラント」、「償還日・信託終了日」欄に「5・4・27」と記載されていたが、「権利行使期限」という表示はなかった。

原告は、本件ワラントを買い付けた後一年程経過したころ、ワラントに権利行使期限があることを認識した。

(九) Bの上司である被告京都支店営業二課長のCは、平成三年一一月、Bとともに原告方を訪れ、原告に対し、本件ワラントの権利行使価格、権利行使期限、東京建物の株価は右権利行使価格から大幅に下落し、その上昇を期待しがたい状況にあること、本件ワラントの価格は数千円程度であること、本件ワラントの価格も、右株価と同様、上昇を見込めない状況にあることなどを説明した。

原告は、右説明を受けて、C及びBに対し、本件ワラントの価格が下落したことにつきかなり苦情を述べた。

その際、原告は、Cから、本件ワラントを売却するよう勧められたが、その時点では投資額をほとんど回収できなかったことから、これに応ぜず、今後の値上がりに期待して、本件ワラントを保有し続けることとした。

結局、本件ワラントの権利行使期限である平成五年四月二七日は経過し、原告は、本件ワラントの買付代金額に相当する損失を被った。

原告は、平成七年一月一二日、本件訴訟を提起した。

(一〇) この間、原告は、平成五年四月二七日まで、B(平成四年四月に京都支店から転勤)又はその後任の担当者を通じて、被告との間で、投資信託及び株式の現物取引を継続していた。もっとも、原告の投資態度は、従前と同様、自ら主体的に銘柄を選択したり、売却時期を判断するものではなかった。

原告は、被告との右証券取引を継続中に、本件ワラントについて苦情や不満を述べなかった。しかし、原告は、本件ワラントの権利行使期限までその価格の上昇を待つという方針であったから、本件ワラントにつき苦情や不満を述べなかったとしても、本件ワラント取引による損失を受忍していたわけではなかった。

2  右の事実関係を前提に、Bの原告に対する本件ワラントの勧誘が違法であったかどうかにつき検討する。

証券取引は、政治及び経済情勢等を反映して相場が形成されるものであり、投資者は自らの責任において投資による損失を負担するのが原則である。しかし、このような自己責任の原則が働くためには、投資者が商品の特質や危険性を理解していることが前提となる。

本件ワラント取引のあった平成元年一二月当時においては、外貨建てワラントは、一般投資家にとって、株式等に比べて格段と周知性の低い商品であり、しかも、新株引受権を行使しないまま、権利行使期限が経過すると無価値となる、権利行使期限到来前でも、株式の時価が権利行使価格を上回る可能性がなくなったときは、無価値同然となる、ワラントの取引価格は、株価の変動に応じて変動するが、これのみならず、残存権利行使期間の長短、外国為替相場等を基礎に複雑に変動し、その変動幅は株価よりもはるかに大きいなどといったワラントの特質からすれば、証券会社の営業員がワラント取引の勧誘をする場合には、顧客の年齢、職業、投資経験、ワラントに対する既得の知識等に応じて、顧客に対し、ワラントの特質、価格形成のメカニズム及び危険性等を十分に説明すべき信義則上の義務があったというべきである。

これを本件についてみるに、(1) 原告は、たばこ小売店を経営する昭和四年生まれの女性であり、昭和四七年四月一日被告京都支店に取引口座を開設して証券取引を始め、本件ワラントを買い付けるまで約一六年間、投資信託や株式の現物取引を行っていたが、その投資傾向は、被告の担当者の推奨を受けて、これに従うものであり、自ら主体的に銘柄の選択や売却の時期を判断するわけではなかったこと(右1(一)、(二))、(2) 原告は、被告京都支店営業員のBから、本件ワラントの買付けをする前の昭和六三年九月にケンウッドワラントを買い付け、これを平成元年一月に売却したが、右売買に際し、Bから、ワラントの特質等に関する具体的な説明を受けなかったこと(同(三))、(3) 原告は、本件ワラントの買付け前に、新聞記事を読んでワラントは元金がなくなることのある商品であるという漠然とした知識を得たが、元金がなくなる仕組みや権利行使期限のあることを理解していたわけではなかったこと(同(四))、(4) 平成元年一二月当時、一般投資家に対するワラントの周知性は株式等と比べて格段と低かったことに徴すると、Bが原告に本件ワラントを勧誘するに際しては、① ワラントの意義、権利行使価格、権利行使による取得株式数及び権利行使期限の意味、② 外貨建てワラントの価格形成のメカニズム及び危険性、特に、権利行使価格と株価との関係、株価の変動、残存権利行使期間の長短、外国為替相場等を基礎にワラントの価格が大きく複雑に変動し、その変動幅は株価よりもはるかに大きいこと、権利行使期限を経過すると無価値となること、のみならず、権利行使期限到来前であっても、株式の時価が権利行使価格を上回る可能性がなくなったときは、無価値同然となることがありうること、③ ワラントの時価の情報取得方法を具体的に説明する義務があったというべきである。

しかるに、Bは、原告に対し、「これは二、三日の勝負で、絶対怖いことはない。会社もしっかりしてるし、含み資産があるさかい、奥さんそんなに心配するようなことはない。安心してくれ。損は絶対しない。」と言って本件ワラントの買付けを勧誘し、その勧誘の際には、右①ないし③のワラントの特質等について何ら説明することなく、買付け後の預り証の受渡しの際にワラントの説明書を交付したにすぎないのであるから(右1(五)、(六))、Bの原告に対する本件ワラントの勧誘には右説明義務に違反する違法があったというべきである。

3  これに対し、被告は、① ワラントの価格は株価に連動し、かつ、株価の数倍の値動きをすること、② ワラントは権利行使期限後は無価値となることの二点がワラントの本質的に重要なリスクであり、顧客はこの二点を理解していれば投資の適否を判断することができるから、顧客に説明すべき事項の範囲は、右の二点であり、また、原告はワラントが投資金全額を失う可能性のある商品であることを認識しており、しかも、Bは、本件ワラント取引に際し、ワラントの特質及び危険性等をわかりやすく説明した説明書(乙一と同じ態様のもの)を原告に交付しているから、原告に対するワラントの説明は十分である旨主張する。

しかしながら、被告の主張する顧客に説明すべき事項(右①、②)は、ワラントの危険性についてのみ重きを置いたものであるところ、顧客は、ワラントの意義、ワラントの価格形成のメカニズム、ワラントの時価の情報取得方法をも理解していなければ、当該ワラントを買い付けるに値するかどうか、買付け後の売却時期について判断することができないというべきであるから、右①及び②のみでは説明すべき事項の範囲として不十分であり、まず、この点において被告の右主張を採用することはできない。

また、① 原告は、新聞報道でワラントは元金がなくなることのある商品であることを漠然と認識していたが、元金がなくなる仕組みや権利行使期限のあることについて理解していたわけではなかったこと(右1(四))、② 原告が受領したワラントの説明書において具体的にどのような説明がされていたのか明らかでないが、仮に原告が被告主張のとおりの説明書(乙一と同じ態様のもの)を受領していたとしても、右受領の時期は本件ワラントの買付け後であり、しかも、右説明書の内容につき原告はBから口頭による具体的な説明を受けていないこと、③ 本件ワラントに係る預り証(甲一、乙一〇)には、「償還日・信託終了日」欄に「5・4・27」との記載があるが、いずれも「権利行使期限」という表示はなく、これが右説明書において説明する権利行使期限と同一であるかどうか外形上明らかでないこと、右預り証自体からは本件ワラントの権利行使価格がいくらであるかについても判然としないことに照らすと、Bが原告に右説明書を交付していたことからワラントの説明として十分であるということはできない。

したがって、被告の右主張は理由がない。

4  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、Bの原告に対する本件ワラントの勧誘には説明義務違反の違法があると認められるから、原告はBの違法な勧誘によって本件ワラントの買付代金を出捐し、右と同額の損害を被ったというべきである。

二  争点二(被告が賠償すべき原告の損害額)について

1  原告は、右一4のとおり、被告京都支店営業員のBの違法な勧誘によって本件ワラントの買付代金相当額一一〇八万八六七五円の損害を被ったから、被告は、その使用者責任を負わなければならない。

本件において、被告は、使用者責任を全面的に争い、明示的に過失相殺の主張をしていないが、仮に被告において使用者責任が認められる場合には、過失相殺の主張をする意思があるものと認められるから、以下過失相殺につき判断する。

右一1のとおり、① 原告は、本件ワラント取引の際に、一応ワラントに関する説明書の交付を受けていたのであるから(同(六))、この資料を手掛かりに、更にワラントについて正確な理解をするための詳しい説明を得ることが可能であったこと、② 原告は、Bから、本件ワラントは二、三日の勝負である旨言われたにもかかわらず、その後の価格変動につきB又はその上司に問い合わせるなどしてその時価をフォローしておらず(同(七))、これを行って適切な時期に本件ワラントを売却していれば本件ワラントが無価値となることを避けられたこと(もっとも、原告は、本件ワラントの価格をBに問い合わせたものの、Bは具体的な時価を知らせなかった経緯があるが、原告はBの上司に対しBの右のような態度につき苦情を述べたり、B以外の被告京都支店の職員を通じて本件ワラントの価格を知ることができたのにこれをしなかったのであるから、この意味において、原告に落ち度があるといわざるをえない。)、③ 原告は、本件ワラントの買付け後一年位した後、ワラントに権利行使期限のあることを知ったこと(同(八))(なお、原告は、Cが平成三年一一月原告方を訪れてワラントの説明をした後においても、本件ワラントの保有を継続し、その権利行使期限が経過したが(同(九))、Cの右説明の時点では、本件ワラントの価格は既に数千円に下がっており、原告がその時点で本件ワラントを処分してもほとんど損失を補填できなかったから、原告が右説明を受けた以後本件ワラントを保有し続けたことは過失相殺としてしんしゃくすべき事情にはあたらないと認める。)に照らすと、本件ワラント取引による損害の発生につき、原告においても右のとおり落ち度があったというべきであるから、過失相殺として損害額の五割程度を減ずるのが相当であり、したがって、原告の損害額を五五四万四三三七円とするのが相当である。

2  被告が右使用者責任に基づき原告に賠償すべき弁護士費用は、本件事案、原告の右損害額、訴訟の経過等諸般の事情にかんがみ、五〇万円をもって相当と認める。

3  したがって、被告が原告に対し賠償すべき損害額は、右1及び2の合計額六〇四万四三三七円となる。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、六〇四万四三三七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大鷹一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例